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時間と無計画さと攻撃性(コードギアスR2 stage21)

2008年08月31日 19:37


私は週刊誌が嫌いなんですよ、実は
嫌いだから見ません。
でも最近、同じく週刊誌嫌いな母が「どーしても気になる記事があるー!」と絶叫したので、
付き合いで久しぶりに立ち読みしました。
どうも一人で読みたくなかったらしいのだけど。

で、やっぱり嫌いだった。

別に週刊誌に情報の正確さを求めるのは、今更お門違いというか、
もはやあれは情報誌ではないのだから、それは言わない。
それを抜きにして、いやなのは、無駄に攻撃的だってこと。

そこまで個人を叩きたがる理由ってなんだ?
それやって楽しいか?
というかそれが本屋にずらーっと並ぶ国って、先進国として恥ずかしくないか?

と思ったら、「いや逆に、先進国だからなのか」と納得してしまった。
基本的に豊かなので、生活に追われる必要はない。生きることに必死にならなくてもオッケィ。
低刺激で、ぬるま湯のような日常。
だからそこで、意識的に攻撃的にしている週刊誌っていうもんが喜ばれるんだろうかと。

週刊誌に求められているものは、情報の質ではなくて、刺激。




で(で、ってなんだよ)、コードギアスの話なんですが……追記にまわします。
FC2ブログはどうも、携帯で見るとこの追記、隠されずに普通に続いちゃうんですよね。
なのでもし仮に万が一携帯で見ている方がいらしたら気をつけてください。この先追記です。

追記ってことは……攻撃的かもしれない、ってことです。











これだけ下げておけば大丈夫だろうか。



コードギアス、心から好き!すばらしい作品だと思う!それを否定するのは間違ってる!
と思うお方は、読まないでください。
きっと不快にさせてしまう。
この下にあるのは、コードギアスというアニメの姿自体に疑問を感じる人間が書いてる文章だからです。
人生、不快な思いは少ない方がいいはずです。







stage21を、おおなんたることか、リアルタイムで見ました。
9月になると実験の嵐なので、その前にやっときたい課題やらなんやらがあるわけで、
それでこのごろ結構家にいるんですね。
それで今回リアルタイムに見て、実は今書いてるのだって課題の合間の息抜きなんですが。


どうなのかなあ、と思います。

なにって、コードギアスって作品。

週刊誌のようなものに、私には見えてきました。

見てて刺激的で、面白い。ああなるほどね、そういう見方もあるのねって思うこともある。
でも質は低い。
「どう、すごいでしょ、こんな展開になっちゃうんだよ」と、驚かせ合戦のような、そんなモノ。
売れたのでいろいろ詰め込んで、オレンジとかウケたのでまた出して。
増えるキャラクター。それに引きずられて収拾が付かないところまで広がるストーリー。
時間がなくなってきたので、恐らく最初から描こうと思っていたモノはササッと回収。

キャラクターって、物語上を生きている人物なわけですよね。
全ての創作物に関して言えることですけど。
それを考えると、このごろのルルーシュはキャラクターではない。
そうだな、ストーリーを運んでいくための駒みたいなもんじゃないでしょうか。
ストーリーっていうか、筋書きを。



コードギアスで描きたかったテーマってなんでしょう。
スタートは多分、「現在の世界に満足しない少年が反旗を翻す物語」だったんですよね。
これは恐らく間違っていない。私にもその自信がある。
そのあとは、どうだろうな、第一期の流れなんかから考えて、
「それで失ったものと得たもの」を漂わせたかったのかなあと言うところまでは、
それなりに自信がある。推測として。
最終的にどこにたどり着くかは知らない、だってコードギアスはまだ続くから。

でもそこにたどり着くまでの過程、雑すぎ。

「反旗を翻した少年は、だんだんと孤独に陥っていく」。
オーケィわかった、典型的だけど、その通りだと思う。
だけど、孤独だ孤独だと言っているのは主人公のまわりの環境であって、主人公の行動と言動にそれは表れない。
それは主人公が、必死でそれを隠しているから――というストーリー。

違う。
時間的に描いている余裕がないから、だと思う。
だから作品と、それを見ている人の間に温度差が生まれる。
「孤独孤独っていうけど、本当に?」って。



その温度差を残したまま、stage21。
最終的な到着点に至る道において、大きなテーマが示される。

「ひとはどうして嘘をつくの?」「嘘をつくのはいけないことなの?」

正直、前者については語られてんのかどうか不明だが、恐らく言いたかったんだろうなあと思う。
ルルーシュが、というかメインストーリーが、「嘘をつくのも一つの生きる方法である」と示す。
そして、それに否定的な皇帝はストーリーから駆逐される。ついでにマリアンヌも。

そのときに出る、ストーリー的に恐らく最終的な到着点、ファイナルアンサーに近いものが、

「優しい世界とは(あるべき世界とは)自分に優しい世界ではなく、他人に優しくできる世界」

なるほどな、と思った。これがやりたかったから、「優しい世界」なんていう薄ぼんやりした表現で今までやってきたんだな、と。
この結論に、私はなんら文句はない。むしろ出来はいいものだと思う。
問題は、その過程。



ルルーシュは、いつどう思ってそこにたどり着いたんだろう。
なぜあそこで、突然両親に問われて、今まで散々それとは正反対の生き方をしていたのに、というか一週間前までそうだったはずなのに、あのタイミングで真理にたどりつけてしまったんだろう。

シャーリーが死んだとき、ルルーシュの孤独が深まったことが演出されて、彼はその感情に従った行動をとった――他者には、優しくはできなかったのに。


あるとすれば、ロロの死に動かされたってことになっているんでしょうか。
彼の死に際に、ルルーシュは『弟』に嘘をつく。
それが、他者への優しさってもんだったんでしょうか。

そのあと、「もう自分に残されたことはこれしか」と、自分の行動を、自分の中で意味をつけて消化するために、皇帝に挑みに行っていますが。



語られないルルーシュの変化。

もっと語られないスザクの変化。

でもとりあえず刺激的なストーリー。

週刊誌のようだ。




とりあえず、帳尻は一週間ぐらいは持たせてみて欲しいと思ったstage21。
もはや脱出不可能!と宣言されて悔しがる皇帝、
一週間後、そこへ続々とあとを追ってくるキャラクターたち、
そして脱出する主人公たち。

皇帝が悔しがらなければ話は通っていたのだが、
そうすると主人公が一人よがりになってしまって酷く格好が悪い。

どうしよう。――無視しよう。時間ないし。





と、こんなことをつらつらと書いている自分が何より攻撃的。
でもなんだろうなあ、こんな状態なのにガンガン儲けているようだから、
あんまり儲かってない私は僻んでしまったのかもしれない。
あら嫌だ、出来の悪い人間ね、私。


でも確かにしておきたいのは、
コードギアスは面白いアニメであるってこと。
それは私も認める。
だって、私も確かに、楽しかったんですから。
僻んでしまったのは、こんなに雑に進めておきながら、それでも平然と売れ続けることに対して。
作品じゃなくて、商売なんだなあと、
私はスタッフにとって、ネギ背負った鴨なんだなあと――思いました、という日記でした。
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